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: 計算機物理学の守備範囲 : 計算機物理学1 : `場'と偏微分方程式

確率過程のシミュレーション

われわれの身の回りにある様々な物質が, 非常に多く( $10^{24}\sim 10^{25}$個程度)の原子や分子から 構成されていることを考えると, そのように多くの自由度をもった「巨視的な系」 の様相はたいへんに複雑であろうと想像されるかもしれない。 しかし,どこで水道の蛇口をひねっても出てくる水に大差はないように見えるし, 百円硬貨を見ればどれも同じに見える。 このことはどのように理解すればよいのだろうか。 実は,自由度が大きい方が話が簡単になる場合があるのである。 確率や統計に関係したものがそうである。 例えば男女比について考えてみよう。 われわれが日常関係している,家族,同級生,同僚など, 比較的小さな集団ではその構成員の男女比はまちまちであろう。 しかし,県内の全住民とか, 日本人全体といったより大きな集団では, 総人数に占める男性(または女性)の割合は $1/2$ に近づく。 もともと性別は X-Y 染色体に関係して確率的に決まることが知られていて, $1/2$ というのはちょうど男子(または女子)が生まれる確率に等しい 15。 このように,大きな集団では平均値(ここでは男性または女性の割合)が「確定」 してしまうことを,確率論では「大数の法則」と呼んでいる。 巨視的な系の性質が「温度」や「圧力」といった小数の巨視的な系に固有の パラメタで確定してしまうのは,まさに大数の法則が成り立つからである。 物理学の分野で, 巨視的な量の間の関係を調べるのは「熱力学」である。 また, 巨視的(マクロ)な系の性質を, 原子や分子といった微視的(ミクロ)な性質から導こうとする分野を 「統計力学」という。 統計力学では巨視的体系の「微視的状態」が非常に多いことに着目して, その複雑さの中に確率的要素を取り込むのである。

巨視的な系といっても,それは原子や分子といった力学や量子力学にしたがう 多数の微視的な系から構成されているのであるから, 力学なり量子力学なりを正しく適用すれば正しい結果が得られるはずである。 実際,分子動力学法によっても色々な巨視的な系の物理的な性質が精力的に 調べられている。 一方,統計力学の確率的要素を直接取り込んだ計算機シミュレーションの方法 として「モンテカルロ法」 16も開発されている。 モンテカルロ法は分子動力学法と並ぶ代表的な計算機シミュレーションの方法で, 分子動力学法が運動方程式を直接解く決定論的な方法であるのにたいして, モンテカルロ法は(擬似)乱数を用いた確率論的な方法である。



tamari@spdg1.sci.shizuoka.ac.jp 平成14年2月12日