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: 計算機物理学の背景 : 計算機物理学1 : 第3の物理学

コンピュータの歴史

最近のコンピュータの発達には目を見張るものがあって, 持ち運びが可能なノート型のコンピュータでさえ, 十年前の超大型コンピュータに匹敵する処理速度をもつものまで 現れてきているのは驚きである。 ここでは計算機物理学の「道具」であるコンピュータの歴史を簡単に振返ってみよう。

計算を機械に代行させようというアイデアはかなり古く, 17世紀には「パンセ」や「パスカルの法則」で有名な フランスの哲学者$\cdot$数学者$\cdot$物理学者であったパスカル (1623-1662) が 歯車式の計算機械を考案した。 また, 本格的なものとしてはバベッジ (1791-1871) による 「差分機関」や「解析機関」が名高く, 特に解析機関は, 機械式であることを除くと現代のコンピュータと非常に近い構成をもち, バベッジは計算機の歴史の上で偉大な先駆者として称えられている。 しかし,これらはどちらも当時の機械加工技術が十分でなかったなどの理由で 実用には至らなかった。

人類初の電子式自動計算機,つまりコンピュータはエッカートらによって アメリカで開発された ENIAC (1942-1946) である。 ENIAC は約 18,800 本の真空管を用いて製作され, 弾道力学の計算問題を計算専門家(7時間)の 8,400 倍(3秒)の速さで解いて 当時の人々を驚かせたといわれている。 日本最初のコンピュータ FUJIC が誕生したのは ENIAC から10年後の1956年のことであった。 ENIAC や FUJIC など, 真空管を用いた初期のコンピュータは第1世代コンピュータと呼ばれ, 以降,使用している素子に応じて

               
   1 世代 ( $\sim$ 1960) 真空管
  2 世代 (1960 $\sim$ 1965) トランジスタ
  3 世代 (1965 $\sim$ 1970) IC (集積回路)
  3.5 世代 (1970 $\sim$ 1980) LSI (大規模集積回路)
  4 世代 (1980 $\sim$ ) 超LSI (超高密度集積回路)
               

などと分類さている。 なお,1982年より10年計画でスタートした, いわゆる「第5世代コンピュータ」開発プロジェクトにおける``第5世代''という 呼び名は上に挙げた 第1$\sim$4世代コンピュータとは異なる新しい動作原理にもとづく人口知能の実現を 目指して命名されたものである。 最近のコンピュータの発達には大きく分けて二つの流れがあって, 一つは第5世代コンピュータに代表される人間の思考を模倣する 人口知能コンピュータの開発であり, もう一つはスーパーコンピュータと呼ばれている 超高速科学技術計算用コンピュータの開発である。 前者は未だ発展途上で, 専用の人口知能コンピュータが広く利用される状況には至っていない。

商用のスーパーコンピュータ (CDC6600) が誕生したのは 1964年のことであった。 CDC6600の演算速度は およそ 1MFLOPS (1秒間に100万回の浮動小数点演算が可能) であり, ENIAC に比較して,乗算速度で 3,000 倍程であった。 その後のスーパーコンピュータの性能向上は目覚ましく, 最近では CDC6600 の 10,000 倍( 10 GFLOPS $= 10 \times 1024$ MFLOPS) を越える演算速度をもつものも実用化されている。 したがって,単純計算を行ってみると, 最新のスーパーコンピュータは人間の $8,400 \times 3,000 \times 10,000 \approx 2.5 \times 10^{11}$ 倍,つまり 2,500 億倍以上の演算能力をもっていることになり, 最新のスーパーコンピュータが一秒間に処理する計算を一人の人間が行うとすると 約一万年かかってしまうという計算になる。

世界最初の電子計算機となった ENIAC の操作方法は, 必要な計算結果を得るために手動で結合線の組み替えを行うという 複雑なもので, 様々な問題に利用しようとすると不便なものであった。 ところで,コンピュータの発達の歴史で忘れることのできない人物は, 数学者でありコンピュータ開発の先駆者の一人であった ジョン$\cdot$フォン$\cdot$ノイマン(〜1957年)であろう。 今日のコンピュータの多くが採用している方式はノイマン方式と呼ばれていて, ノイマン方式のコンピュータでは, 計算の手順(プログラム)を予め記憶装置(メモリー)に 電気的に記憶させておき(プログラム内蔵), それを逐次実行させる(逐次処理)ので, 容易にプログラムを変更することができるという特徴がある。 ノイマン方式のコンピュータの出現によりコンピュータの利用範囲が 爆発的に増大して, 現在のコンピュータ時代が現出したともいえよう。 ノイマンが目指していたのは,物理学で, 気象現象など自然の法則を数学的に表現した場合によく現れる 非線形偏微分方程式(後述)を数値的に解くことであった。 ノイマン方式のコンピュータの原型機は 1949〜50年に 英国と米国で相次いで開発されたが, ノイマンは志半ばにして病死し,結局, 彼の存命中には彼が満足できるほどのコンピュータは完成されなかった。 しかし,存命中に彼は強力な指導力を発揮し, 彼の強固な意志が現在のコンピュータの基礎を確立させたといわれている。 後に述べるように 偏微分方程式を数値的に解くことは計算機物理学の大きな柱の一つでもあるので, 計算機物理学の出現によってノイマンの夢はまさに花開いたといえるだろう。


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: 計算機物理学の背景 : 計算機物理学1 : 第3の物理学
tamari@spdg1.sci.shizuoka.ac.jp 平成14年2月12日