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: 微分方程式 : 計算機物理学の背景 : 摂動論の破綻

計算機実験のアイデア

摂動論が適用できない物理系の性質はどのようにして調べれば良いのであろうか? 一つの解答は,対応するモデルの厳密解を解析的に求めることである。 しかし, 興味のあるモデルについて厳密解を解析的に求めることは一般的には非常に難しく, 残念ながら,今日までに知られている厳密に解けるモデルのなかで, 実在する体系のモデルとして相応しいものはほんの一握りのものに過ぎない。

摂動論が適用できない物理系の性質を調べるもう一つの方法は, 何等かの近似方法を見出すことである。 良い近似方法が見出せれば,それにより知りたい物理量が近似的に計算でき, 体系の性質を定性的に,また,うまくいけば半定量的に説明できる。 しかし,摂動論が弱結合系についてほとんど万能であったのにたいして, 強結合系の場合には個々のモデルに応じた近似方法を考えなくてはならず, このことが強結合系の性質の解明を遅らせているといえる。 また,弱結合の場合でも超伝導の例のように摂動論が適用できない場合があるし, 問題によっては下手な近似をするとモデルがもつ物理的な本質を失わせてしまう 場合もあり,このようなときは全くお手上げである。

そこで考え付くアイデアが, コンピュータを利用すればモデルを数値的に, 明白な近似を用いないで調べることができるのでは,というものである。 このアイデアの歴史も古く, コンピュータの父であり, 1945年にプログラム内蔵方式のコンピュータの概念を確立した ノイマンが夢みていたのも, 実は,多くの自由度をもつ系の量子力学的問題を解くという物理の問題であった。

主に多自由度系の物理的性質を, コンピュータを用いたモデルの直接計算によって調べることを 「計算機実験」または「計算機シミュレーション」 と呼んでいる。 コンピュータが誕生して間もない1950年頃には,既に, イタリア出身の理論$\cdot$実験物理学者フェルミは, 若い頃より自身が抱いていた非線形力学の問題を当時のコンピュータを 用いて調べることを考えていて, 1955年には実際にパスタとウラムと共同して計算機実験 を行ったが, 得られた結果は彼の予想に反したものであった。 そして,このことが, 現在では「ソリトン」と呼ばれている, 非線形波動現象の発見の糸口となったのである。 それ以降も,計算機実験の結果が常識的な予想を覆し, 新しい現象の発見へと導かれたことが相次ぎ, 1980年代頃より計算機物理学が理論物理学と実験物理学に並ぶ 第3の物理学として認知されるようになったのである。

計算機実験の利点は以下のように要約されよう:

  1. 適切なモデルを設定することにより, 着目している現象を覆い隠してしまう様々な要因を排除できるので, 物理的な本質を捉えやすい。
  2. 温度や圧力など,パラメタを自由に調節できる。 したがって, 実現しようとすると膨大な経費を要するような極限条件下や, 現実の系では実現不可能な条件での物理的知見を得ることができる。
  3. 自由度が比較的小さな場合には正確な結果が得られるので, 解析的に厳密解が得られない問題にたいしての, 近似理論の検討や改良のための規準となり得る。



tamari@spdg1.sci.shizuoka.ac.jp 平成14年2月12日