例えば太陽系の惑星の運行を考えるとしよう。 太陽系の惑星の運行については, ドイツの天文学者ケプラー(1571-1630)によって 彼の師ティコ=ブラーエが生涯をかけて蓄積した膨大な量の 火星軌道の観測データに基づいて発見された, いわゆる「ケプラーの法則」:
惑星の運行に関する最も単純なモデルとしては, 太陽と一つの惑星を質点と見なして両者が互いに ニュートン(1642-1727)の万有引力の法則2にしたがう力を 及ぼしあって運動しているというモデルを採用することができる。 この問題は「ケプラー問題」と呼ばれていて, ニュートンによって完成された(古典)力学の枠内で, 微分積分法(後述)を用いた解析的な方法で,しかも厳密に解くことができ, 経験的に発見されたケプラーの法則を理論的に「導く」ことができる。 この問題については他の惑星の運行まで考慮すればより精密なモデルが得られ, この精密化したモデルを解くことによってより精密に惑星の運行が予言できる。 つまり,ケプラーの法則を``基本法則''として採用しなくとも 適当なモデルを用いて力学を適用すれば, 観測される惑星の運行は説明できるわけである。
ところで, 一般に物理モデルが数学の力を借りても解析的に厳密に解ける場合は非常に少ない。 実際,3体以上の多体問題が一般的には解析的に解けないことが数学的に証明されている。 上に述べた太陽系の惑星の運行の場合を例にとっても, 太陽と一つの惑星の場合のような2体問題は厳密に解けるけれども, モデルを精密化してもう一つの惑星の影響まで考慮すると モデルは3体問題となってしまい, 厳密には解くことができなくなってしまうのである。 それでは, モデルを厳密に解くことは現象の物理的理解にとって不可欠であろうか? 答えは殆どの場合,「否」である。 もちろん,モデルを厳密に解くことができれば,それによって「確実」な 結論を導くことができ,それに越したことはないのだが, もともと物理学では理論とその実験的検証は不可分であり,また, 実験的検証では測定誤差を完全に排除することが不可能なので, 必要な精度でモデルの「近似解」が得られれば十分な場合が多いからである。 また,精度は不十分であっても,モデルの定性的な傾向がわかれば仮定した 物理法則の妥当性がチェックでき,有用である。