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: 摂動論の破綻 : 計算機物理学の背景 : モデル(物理模型)

摂動論

モデルが与えられたとき, その近似解を得るための方法として代表的なのは「摂動論」と呼ばれるものである。 摂動論では,まず,解けるモデルを出発点として, そこに弱い撹乱としての「摂動」が加わった場合を想定する。 例えば,惑星の運行の問題では, 考えている惑星と太陽の二体問題が解けるモデルであり, 他の惑星の影響を摂動として取り入れるのである。 摂動の強さを表すパラメタを $g$ としよう。 つまり,摂動が弱い場合には $g \ll 1$ である。 摂動論とは,計算したい物理量 $A$
\begin{displaymath}
A = a_0 + g a_1 + g^2 a_2 + \cdots
\end{displaymath} (1)

のように $g$ についての「べき」の形に表すことができる場合に, 係数 $a_0, a_1, a_2, \cdots$ を逐次, 系統的に計算する手法である。 このようにある量を小さな変数で展開して近似する手法は, コンピュータで関数の値を数値的に計算するときなどにもしばしば利用される, 関数の「多項式近似」と類似 している。 初等関数の多くは
\begin{displaymath}
\left.
\begin{array}{rcl}
\sin x &\approx& x - \frac{1}{6}x^...
...2}x^2 + \frac{1}{3}x^3
+ \cdots \nonumber
\end{array}\right\}
\end{displaymath}  

のように無限に続く「べき展開 3」の形に表すことができるが, 多項式近似というのは, $\vert x\vert \ll 1$ のときにその「無限級数」を 有限項で打ち切って近似的な式を得ることである。 正弦関数 $\sin x$ について項数を増すにつれて近似が良くなっていく様子を 図[*]に示す。

図: 関数の多項式近似

摂動論による計算の歴史は古く, 19世紀には天王星の軌道が精密に計算され, 観測された軌道が計算で求められたものからずれていることがわかり, 海王星の発見(1846)へと導かれたのは有名である。 海王星の発見の過程はまさに力学の理論体系と摂動法の組合わせによる勝利といえよう。 ところで,海王星の発見の年代からもわかるように 精密な摂動計算はコンピュータが発明されるよりはるか以前から盛んに行われていて, そのような数値計算に科学者らが費やした労力は並大抵のものではなかった ことは容易に想像できる。 実際,計算機科学の先駆者であるバベッジが計算機械の製作を始めたのは, 当時の著名な天文学者であるハーシェルと共に数値計算に用いる数表の校正を行った 際にあまりに誤りの多いことに気付いて, 人間のミスによる誤りが生じない, 機械による自動計算を思い立ったためといわれている。

現在では,種々の軌道計算の方法は既に技術として確立されていて, 各種天体現象の予報や,通常の人工衛星から, 「ひまわり」や「ゆり」などの静止衛星, さらにボイジャーのように太陽系の外に飛出す人工彗星(?)にいたるまでの 打ち上げや軌道修正に必要な非常に正確な軌道計算が, コンピュータの利用によって可能となっている。

モデルの近似解を微小なパラメタによる展開の形で計算するという 広い意味での摂動論は物理学や工学のあらゆる分野で現在でも活発に用いられて, とくに軌道計算の例のように, 値が一定値に収束するまで高次の項の計算が可能な場合には, 得られた結果は数値的には正確なものと結論でき, あいまいさのない議論が可能となる。



tamari@spdg1.sci.shizuoka.ac.jp 平成14年2月12日